2011年06月27日

「おひさま」6

    予期されたことですが、長兄が亡くなった。軍医として乗り込んだ潜水艦が、撃沈されたという。

  犠牲者は教え子の両親に次いで、3人目であるが、肉親である。

  太陽の陽子が号泣する。

  犠牲者はこれに止まらないだろう、何処まで行くのか。次はだれか。

  輪がだんだんに狭まってくる。生きているいる者にとって、これほど厭なことはない。

  もう誰も言わなくても「敗戦」は、目の前というのに。

  ここからさらに畳みかけるように、島民を巻き込んでの沖縄戦があり、ヒロシマ、ナガサキ

  とつづく・・・・・。

  真夏の太陽は、非常にも照り続け、見るものにとっても、苦しい日が続きます。
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2011年06月22日

警察官が――


  昨夜、いきつけの飲み屋で聞いた話。

  客の一人が、昼間にトイレに入っていたら、家の者が早く出てきてくれと、騒ぐので、出てみると警官が一人立っている。

  警察には用はないといぶかりながら出ていくと、市民から投書がありまして、ともったいぶった言い方をする。

  何ですかと、問おうと、実はツバメの巣を棒でつついて、落として回る者がいるようなので、心当たりありませんかという。

  心当たりも何も、ツバメが巣から落ちたりしたら、救ってやる性質なので、といってかえってもらったそうです。

  何ともお気楽な話、でした。

  テツコの部屋のツバメの雛たちは、無事で、ずいぶん大きくなっています。

  巣立ちは間近でしょう。

 いま一つ気がかりな「おひさま」は、戦局いよいよ怪しく、東京大空襲では教え子の両親が爆死。

 親友の育子は負傷し、出征する者誰も生きて帰るとは言わない。

 祖母富士子は、なんとか「生きています」と書く。

 ツバメを案じて、警官が尋ね歩く図を、あのころの人たちはどのようにみるのでしょうか。

 

 
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2011年06月21日

おひさま5〈つづき)

  実感のこもった、94歳のご婦人の「おひさま」についての感想は、厳しい。

  私は何も言えませんでした。

  「おひさま}の舞台となっている、長野県は、満州への移住が突出して多い地域として知られています。

  満州は言うまでもなく、日本軍国主義による敗戦によって、「中国残留孤児」をたくさん産んだ地域です。

  ドラマの舞台となっている、同じ長野県である安曇野もそうだという資料はここに提示できないのですが、長野がそうだというのは動かしが会事実です。

  話を戻します。満州を経験したご婦人の「おひさま」評について、甘いといわれば、その通りといわなければならないでしょう。

  例えば陽子の結婚式なんか、まるで絵空事のようなものです。

  前に言ったかもしれませんが、「おひさま」は、メルヘンなのです。それは決して「絵空事」でない、時代の断片をきっちり切り取った、リアリ ティあふれる「メルヘン」だと思いますが。

 「おひさま」の魅力は、まさにそのことにあります。

  繰り返しになりますが、庶民〈その位置は、底辺より少し上で、ありながら、底辺の気持ちが判る)の視点で、時代を見つめていく。

  それだけに時代の理不尽さも、底辺にいる人より見えてくる。

 「おひさま」をみていると、いわゆる戦時中の暗さを感じさせません。むしろなんでもないところで、笑いがあちらこちらにちりばめられている。

 厳しい時代ではあったかもしれないけれど、日々の暮らしにはきっと苦しいことや悲しいことが多かったかでしょうが、そんな中にもちょっとした笑いがあったのではないでしょうか。

 94歳のご婦人の意見はそれとして、受け止めながら、厳しいからといって、苦しい悲しいだけではない、庶民のバイタリティを、信じたい気持ちもあります。

 東日本大震災で大変な災害に見舞われた被災者が、厳しい状況を苦しい悲しいだけのことにとどまらず、さまざまな創意工夫で、のりこえていこうとするところに、切り拓かれる未来があるように思います。
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